ここではないどこか

どこかで「香りは、言葉よりも数倍、人をここではない他の場所に連れて行ってしまう力がある」と聞いたことがあります。

 

5月のシアトルはまだ少し肌寒くて、冷え性の私はまだ薄めのウールのセーターが手放せませんでした。6月になって、ようやくセーターをしまえるような気候になり、天気が良く湿気も少ない日曜日にたくさんのセーターを手洗いすることにしました。

手洗いといっても、洗濯機の手洗い機能を使うのではなくて、私はいつも桶を使って手で押し洗いをします。なぜかというと、香りが好きだから。桶にぬるま湯を入れて、専用の洗剤を数滴入れる。そのあとセーターを少しずつぬるま湯に浸していく。その時に香るのがなんともノスタルジックな雨降る草原のかおり。ふかふかとしっかりとした豊かな羊毛に包まれた羊たちが、ひろーい草原で草を食べている。そこに雨が降ってきて、毛が濡れたときの動物の独特の強い匂いと、土っぽい香りがしてくる。確実に、私をここではないどこかに連れて行ってくれる、なんだかとても落ち着く香りです。

他にも、場所や時空を超えてどこか連れて行ってくれる香りは日常に溢れています。

”アップルシナモンティー”の香りは20代のころのニューヨーク留学中、課題に追われて、悲壮な想いで夜遅くまで勉強してた時に一瞬で戻れるし、”雨がひとしきり降ったあとに日差しが戻って来た時の地面からの匂い”は、子供のころの夏の暑い日、母親が台所に立っている夕ご飯前の日常風景に瞬間移動させてくれる。

こういう瞬間移動させてくれる香りを、自分の中でちょっと意識をしながら、ためていきたいなと思っています。そうしたら、もっともっと毎日が豊かに彩りを持つように思うから。